沖縄 陶芸体験 漆喰シーサー作りしょっ
南部なちゅら店

沖縄陶芸体験,やちむん教室,漆喰シーサー作りしょっ!

沖縄陶芸体験インフォメーション

2016/12/26 沖縄陶芸セラピー体験開催しました。沖縄で唯一の陶芸療法士によりセラピー。
詳しくはこちら。
2016/11/11 12月3日(土)沖縄南部南城市で陶芸セラピー体験が行われます。今回は欠員が出た補欠募集です。今回は助成金事業の為3500円が500円で体験できます。
2016/10/07 沖縄南部南城市で陶芸セラピー体験が行われます。今回は欠員が出た補欠募集です。マッサージセラピーも行われます。お出かけになってはいかがでしょうか。「なちゅらヘルスツーリズム」
詳しくはこちら。
2016/7/27 沖縄やちむん陶芸体験学習。夏休みを利用して子供達とやちむん陶芸について学習とシーサー作りをしました。その時の様子はこちら。
2016/2/14 イベントの為3月上旬まで陶芸体験新規受付は行っていません。ごめんなさい
2015/11/8 沖縄県南部南城市陶芸体験開催中
2015/10/24台風接近により本日の陶芸体験は中止です。
2015/09/09沖縄陶芸体験シーサー作りしょ 陶芸セラピー開催しました。
陶芸療法士、ヨガインストラクターがストレッチ、ヨガ、音楽を組み合わせた陶芸体験。参加者はとてもリラックスして楽しんでいただけました。その時の様子はこちら。
2015/05/22沖縄県陶芸体験 陶芸セラピー終了しました。

愛知県,名古屋市 陶芸体験,学習,教室,漆喰シーサー作り,沖縄観光しょっ!

愛知県は陶芸、焼き物の産地で体験教室も多数あります。

多くの教室がありますのできっとあなたにあった陶芸教室が見つかると思います。
瀬戸焼、常滑焼、犬山焼きなど伝統陶芸も体験できると思います。

相互リンク頂ける教室様は問合せください。
教室名              住所                       電話番号
LinkIcon陶芸教室まなびや名古屋店 愛知県名古屋市北区東あじま1-907 0120-03-2270
山窯館陶芸教室      愛知県豊橋市豊岡町81            0532-62-1864  
三州備前焼池鮒工房   愛知県知立市上重原町城後71-1     0566-81-5005  
讃衆窯陶芸教室      愛知県半田市亀崎町2丁目229       0569-28-2716  
栄陶芸教室         愛知県名古屋市中区栄5丁目3-6-2A  052-251-6866  
工房七古          愛知県新城市富保字火焼22-2       0536-32-2639  
ケイセン           愛知県瀬戸市東横山町58           0561-82-5701  
クラフト星           愛知県名古屋市千種区井上町53      052-781-4866  
金昇窯陶芸体験教室   愛知県豊田市小原田代町644        0565-65-1717  
共栄窯セラミック・アートスクール愛知県常滑市北条2丁目88      0569-35-0705
唐山陶芸クラブ        愛知県名古屋市千種区唐山町1丁目20 052-782-8018  
金山陶芸教室         愛知県名古屋市熱田区波寄町9-1   052-883-3070
角山陶苑            愛知県常滑市栄町3丁目116       0569-34-4152
稲山陶苑            愛知県瀬戸市赤津町135         0561-82-4844  
INAX陶楽工房        愛知県常滑市奥栄町1丁目130     0569-34-7519
石巻陶芸クラブ        愛知県豊橋市嵩山町字宮下12     0532-88-4475
藤陶の里・片岡        愛知県豊田市迫町454          0565-76-4523  
美山陶芸教室        愛知県瀬戸市西窯町121         0561-87-2755  
Hide&Ryo中村事務所  愛知県名古屋市千種区香流橋1-5-7 052-773-3083  
花むすび            愛知県安城市住吉町2丁目4-3    0566-98-8731  
白山窯             愛知県常滑市白山町3丁目66      0569-35-7001  
(有)ナガタ製瓦園陶芸部  愛知県豊橋市向山町字伝馬75     0532-61-3315  
とよとみ陶芸          愛知県名古屋市中村区藤江町1-25-2 052-481-8333
豊明市役所/陶芸の館  愛知県豊明市新栄町3丁目460    0562-97-4348  
常滑陶芸教室         愛知県常滑市字乙田35         0569-34-4144  
東邦ガス栄クラフト教室   愛知県名古屋市中区栄3丁目15-33 052-242-7177  
東原製陶陶器絵付け教室 愛知県名古屋市北区平安2丁目21-86052-991-8178
陶生会             愛知県豊橋市つつじが丘3丁目12-12 0532-62-5668  
陶工房鳴海          愛知県名古屋市緑区鳴海町字砂田256-2052-624-2237
陶芸くらぶつぼ万       愛知県名古屋市昭和区広見町3丁目30 052-851-5158
陶芸教室游游         愛知県春日井市如意申町4丁目11-1 0568-35-2778
『路風』工房          愛知県江南市高屋町清水46       090-3852-8337
いびつ工房           愛知県豊橋市東田町213-2      0532-66-2086
陶 兵八            愛知県常滑市栄町2-38        0569-35-2932
楽七陶芸教室        愛知県常滑市多屋字中根18-2     0569-34-7100  
遊土工房            愛知県愛西市日置町山の池220    0567-22-4330
ゆう工房            愛知県名古屋市中区栄3丁目4-5   052-251-2468
やきもの工房・杉浦     愛知県豊橋市大脇町字大脇ノ谷74-1790532-41-0820  
三河陶芸クラブ        愛知県岡崎市本宿町字柳沢24-57 0564-48-8168  
まるふく陶芸教室       愛知県常滑市原松町6丁目66-1 0569-35-2209
真理ポーセリアン       愛知県名古屋市千種区若水2-3-22c052-722-9553  
松平の里登里公       愛知県豊田市鍋田町後山20      0565-58-0122
堀井陶芸教室        愛知県西尾市室町下屋敷34      0563-52-2900
ほら窯陶芸教室       愛知県岡崎市中町6丁目2-21     0564-24-1372  
方円館             愛知県常滑市金山字上砂原123    0569-43-7101  
ふれあい陶房愛       愛知県岡崎市滝町字河原ケ1-5   0564-46-4004
陶芸教室三河        愛知県豊橋市石巻本町字西野30-800532-88-3508  
陶芸教室陶房ちよ野     愛知県名古屋市中村区名駅3-23-18052-551-0787  
陶芸教室黒窯        愛知県名古屋市東区黒門町25     052-931-1680
陶芸教室かんべ       愛知県豊田市大林町14丁目2-6  0565-28-2672  
陶芸・ガラス教室ちよの   愛知県津島市宇治町字石畑126  0567-23-5800
(有)東海丸二陶芸   愛知県名古屋市緑区鳴海町字砂田256-2052-624-2237  
デジタル陶房         愛知県小牧市小木東2丁目139    0568-73-8885  
鶴城窯陶芸教室       愛知県西尾市山下町東八幡山55-4 0563-57-5914  
中日文化センター      愛知県名古屋市中区栄4丁目1-1   052-263-7111
たかたか工房        愛知県刈谷市新栄町4丁目39      0566-21-2231
泰草陶房           愛知県小牧市大草中166        0568-78-3760  
センターハヤシ      愛知県愛知郡東郷町大字諸輪字北山103 0561-38-0151  
すぎ陶芸工房         愛知県小牧市大字北外山621-9    0568-77-3540  
自在陶房           愛知県安城市法連町1-1        0566-72-3151  
品野陶磁器センター陶芸教室 愛知県瀬戸市品野町1-126-2  0561-42-0958
天野エンザイム(株)陶芸クラブ  愛知県北名古屋市沖村蔵前52-2 0568-23-3526  
アトリエHide&Ryo中村事務所愛知県名古屋市千種区香流橋1-5-7052-773-3083  
アトリエ・ド・燦             愛知県豊川市豊津町妙見3    0533-93-4056
赤ぴーまん豊田校          愛知県豊田市十塚町3丁目36   0565-31-0503
アートイマイ          愛知県名古屋市熱田区花町3-17   052-671-3770

愛知県陶芸教室 愛知県陶磁美術館陶芸ふれあい体験開催

イベントが盛りだくさんの一日。
毎月テーマを変えてのやきものづくりや、癒しの音色をたのしむラウンジコンサート。
お友達同士でもご家族でも、一日中、当館でお楽しみいただけます。
日時・会場
平成25年4月-平成26年3月までの毎月第3日曜日に開催します。

愛知県 陶芸産地情報です。

●常滑焼(とこなめやき)は、愛知県常滑市を中心とし、その周辺を含む知多半島内で焼かれる陶器。日本六古窯の一つ。
歴史
中世の常滑焼
平安時代末期、猿投窯南部の灰釉陶窯の南下に伴い形成された知多半島古窯跡群を母体とするが、灰釉陶器の伝統にはない大型の甕や壺を新たに主要な器種として創造することで瓷器系中世陶器の主要生産地となった。中世の常滑焼の窯跡は1,000基以上で数千基に及ぶとされるが、その実数は不明。過去の学説では最高10,000基というものがあるが、根拠は不明瞭といわねばならない。
平安時代末期の製品は素朴な中にも王朝文化の名残を感じさせる優美さを持ち、経塚などの仏教遺跡で用いられる事例が少なからずあり、さらに奥州平泉の遺跡群で大量につかわれていたことが判明している。
鎌倉時代には素朴で力強い壺、甕などが生産され鎌倉では、おびただしい量の壺・甕・鉢が消費されていることが鎌倉遺跡群の発掘調査で判明している。そして、平安時代末期以来、広く太平洋沿岸を中心として流通していたが、鎌倉時代になると、さらにその流通圏は拡大・充実している。瀬戸内地方の広島県福山市に所在する草戸千軒町遺跡は、備前焼の生産地に近い立地ながら、鎌倉時代の常滑焼が数多く出土しており、そこからも、この時期の常滑焼の流通のあり方が窺われる。
その数数千基とも言われる中世窯は、広く知多半島の丘陵部傾斜面に掘られた地下窖窯(ちかしきあながま)で、その大半は平安時代末期から南北朝期までの期間におさまっている。なお、中世常滑焼を代表する大型貯蔵具の生産は、常滑地域を中心とする半島中部の窯で行われることが多く、半島の北部や南部では、灰釉陶器に由来する山茶碗・小碗・小皿などを中心とした生産が行われている。
室町時代になると半島全域に広く分布していた窯は旧常滑町周辺に集まり、しかも集落に近接した丘陵斜面に築かれるようになる。この段階では碗・皿類の生産は行わず、壺・甕・鉢の生産に特化している。また、室町期のある段階で半地上式の大窯に窯の構造が転換している。そして、その大窯は江戸時代の常滑焼を焼いた窯でもあり、別に鉄砲窯とも呼ばれた。古美術の分野で「古常滑」と呼ばれるものは、多く窖窯で焼かれた製品を指しているが、その区分はかならずしも明確ではなく大窯製品をも古常滑の中に入れる場合も少なくない。
禁窯令と常滑焼
戦国時代、織田信長が瀬戸の陶器生産を保護するために天正2年「禁窯令」を出したことで常滑の陶器生産も一旦終焉を迎えたとする説がある。その初出は昭和10年代に刊行の旧『愛知県史』で、昭和49年刊の『常滑窯業誌』でも採用されている。しかし、この説に対して赤羽一郎は1983年の著書『常滑』で「禁窯令」の根拠とされる朱印状の文面は、焼き物生産すべてを禁止したのではなく瀬戸風の焼き物を他所で焼くことを禁じたと解釈すべきであること。常滑の窯の数の急減と市街地への集約は、天正期よりはるか以前に起こった現象であること、そして、天正期に生産された可能性の高い常滑焼は、中世城館跡などから少なからず出土していること、さらには瀬戸と競合関係にあるのは常滑ではなく、生産内容が類似する美濃焼であるべきで、実際15世紀から16世紀にかけて瀬戸の技術が美濃に流入している現象があるなどの理由をあげて、その「禁窯令」の常滑への影響を否定している。その後の日本各地の発掘調査によっても天正初期の極端な生産減少を認めることはできない。
近世の常滑焼
明治時代になって株仲間のような規制がなくなると新規に陶器生産に参入する家が増えていく。そして、明治の常滑では近代土管という新たな主力製品があり、その生産は従来の窯屋だけでは供給しきれないほど大量の需要があった。土管は英語のEARTHENWARE PIPEの訳語とされる。常滑では江戸末期の赤物に土樋があり、文久年間に鯉江方寿は美濃高須侯の江戸屋敷で上水道用として用いる真焼土樋を作って納めたという記録がある。しかし、近代土管の生産は土樋とは異なる規格化された製品で明治5年、横浜の新埋立地の下水工事に伴う注文が鯉江方寿のもとにもたらされたことに始まる。その設計はお雇い外国人のリチャード・ブラントンであった。はじめ瓦の材質で作られた土管は強度に難があるということで、常滑の真焼甕のように作ることを求められた。この注文は従来の常滑焼の技術だけでは充分に対応できず、鯉江家に出入りしていた大工が発案した木型を用いて作る方法でブラントンの求めた規格通りの製品を納めることができたとされる。その後、鉄道網が整備されると灌漑用水路が線路で分断されるため暗渠の水路を強固な素材で通す必要があり、分厚くて硬く焼き締まった特厚の土管が大量に求められた。また、都市での疫病が大きな問題となるに従い上下水道の分離が求められ、土管の需要湯は増大する一方であった。こうした状況に鯉江家だけでは生産が追いつかず、鯉江家はその技術を解放して常滑をあげて土管生産に対応するようになっていく。
タイルを中心とする建築陶器の生産は明治末年ころから開始されるが、大正期、フランク・ロイド・ライトの設計になる帝国ホテルに採用されたスクラッチタイルやテラコッタなどを常滑で生産して以降、急速にその生産量が増加していく。帝国ホテルの開館の祝いが催されていた大正12年9月1日、関東大震災が発生したのであった。それまでの近代建築が多く煉瓦積みであったのに対し、帝国ホテルはコンクリートを用いており、震災の影響が見た目にはそれほど大きくなかった。そして、その後の鉄筋コンクリート建築が普及するとともに建築陶器の需要が急速に増大していくことになる。
幕末から常滑焼業界のリーダー的位置に付いた鯉江方寿は明治期に近代土管の量産を軌道に乗せ、さらに輸出用陶磁器の生産にも取り組んだ。しかし、鯉江窯の試作品は高級品志向が強く、本格的に輸出されるようになったのは朱泥龍巻(しゅでいりゅうまき)と総称される製品群であった。明治10年代に試作され20〜30年代に本格的に輸出された朱泥龍巻は北米を主要な市場としていた。朱泥土を用い壺や投入、花瓶などを作り、その表面に石膏型で成型した龍を中心とした薄板状の文様を貼り付けてレリーフ状の装飾としたものが朱泥龍巻であるが、常滑から神戸に送られ、そこでさらに漆や金箔などを用いた加工が施されていた。明治末になると朱泥龍巻は急速に商品価値を失い、大正期には新たに素焼きの生地に漆を塗り、様々な装飾を加えた陶漆器(とうしっき)が輸出品として生産されるようになる。
"鯉江方寿の業績として、明治11年に清朝末期の文人で宜興窯の茶器製法を知っていた金士恒という人物を招聘し、常滑の陶工に、その技法を伝習させたというものがある。明治期の常滑の煎茶器生産は、多くの名工によって担われていたが、産業として量産されるような段階には至っていない。それは、大正・昭和戦前期においても同様で植木鉢や火鉢の方が主要な製品であった。
近代の常滑焼は、初め連房式登窯と大窯で焼かれていたが、明治33年に結成された常滑陶器同業組合が明治34年度の事業として取り組んだ倒焔式の石炭窯の試験に成功したことで、石炭窯が急速に普及し、大正・昭和の主役となる。しかし、町中を黒煙で覆った石炭窯も昭和45年「改正大気汚染防止法」のころから重油へと燃料転換が計られ、さらにガス窯や電気窯の普及、そして、量産品はトンネル窯によって焼成されるようになり、その役割を終えていった。"
●瀬戸焼(せとやき)は、愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器の総称。日本六古窯の一つ。東日本で広く流通し、瀬戸物は陶磁器を指す一般名詞化した。
概略史
平安時代、猿投地区(現豊田市猿投)には猿投窯と呼ばれる一大窯業生産地があった。そこで生産される灰釉が施された須恵器は灰釉陶器とも呼ばれ、高級食器として流通した。しかし、平安時代末期から製品が粗悪化し、衰退していく。
鎌倉時代、加藤四郎景正が、宋(中国)から施釉陶器の技法を伝えたのが瀬戸焼の創始といわれる。(ただし、景正の実在を疑う説もある。)この頃、日本陶器の起源となる、灰釉・鉄釉などの本格的陶器生産が始まる。器種は中国から輸入される磁器を模倣したものが多く、代用品として生産・流通したと見られる。鎌倉時代の製品には優美な印花文や画花文を施したものが多い。
室町時代末頃までは古瀬戸とよばれる。室町時代に入ると椀、皿や鉢といった日用雑器の生産が多くなる。次第に生産拠点が美濃に移る。
桃山時代から、黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部などの茶器が茶の湯の隆盛に伴って多く焼かれ、日用雑器も作られるようになる。
元和2年(1616年)に徳川家康が死去して駿府城内にあった遺品は将軍家と御三家に分配されるが、そのうち尾張徳川家が受け取った分の目録『駿府御分物之内色々御道具帳』(徳川黎明会蔵)には、すでに「瀬戸」と「古瀬戸」の語の使い分けが見える。こんにちでいう「古瀬戸」とは指し示す範囲が異なるものの小堀政一(遠州)『茶人の次第』(水戸徳川家伝来)にも「古瀬戸」の語がみえ、近世初期には「瀬戸」と「古瀬戸」の使い分けが広がっていることが確認できる。
江戸時代になると肥前の有田を中心にはじまった伊万里焼と総称される磁器により次第に市場を奪われ、衰退する。
文化年間(1804年 - 1818年)加藤民吉親子が肥前国有田から染付磁器の製法を伝えたことから磁器の製造が始まり、後に磁器が主流となる。"
●赤津焼(あかづやき)は、瀬戸焼のうち瀬戸市街の東方にある赤津地区で焼かれる焼物。
概要
"瀬戸窯とともに発展した窯で平安時代の開窯とされ、当地には室町時代の窯跡である小長曽陶器窯跡が残る。戦国時代、瀬戸では「瀬戸山離散」と呼称される窯屋の急激な減少が発生し、多くの窯が美濃地方に移った[1]。
慶長15年(1610年)になって尾張藩初代藩主・徳川義直が当時の赤津村に陶工を集めて瀬戸窯の復興を図った(窯屋呼び戻し)と言われていたが、近年では現存する資料から徳川家康が名古屋開府に合わせて窯屋を呼び戻したものとされている。
また、元和2年(1616年)には名古屋城に赤津から陶工を呼び、御深井丸に窯を築いた。これは明治4年(1871年)の廃藩置県に伴い廃止されたが「尾州御庭焼」として知られている。この御庭焼への出仕を通じてそれまでの赤津焼には無かった安南風の呉須絵の技術が陳元贇より伝えられ、現在では「御深井釉」と呼ばれている。文化4年(1807年)、加藤民吉によって瀬戸に磁器の製法が導入されたが赤津では定着せず、現在に至るまで陶器を主体としている。"
現在
7種類の釉薬(灰釉・鉄釉・古瀬戸釉・黄瀬戸釉・志野釉・織部釉・御深井釉)と12種類の装飾技法が今に伝わり、1977年(昭和52年)には、国の伝統的工芸品にも指定された。2010年2月現在、赤津焼伝統工芸士14名を数える。

陶芸 愛知県

にゅーす
円頓寺かいわいで「まちかど芸術祭」-秋の開催に向け準備進む /愛知県
レトロな雰囲気が残る円頓寺商店街・円頓寺本町商店街

 円頓寺商店街・円頓寺本町商店街かいわいで現在、10月5日~27日に開催される「四間道・円頓寺『まちかど芸術祭』」の準備が進んでいる。名駅経済新聞様参照

 「あいちトリエンナーレ2013」パートナーシップ事業として開催される同祭。期間中、レトロな雰囲気が残る商店街の店舗のショーウインドーを活用し、名古屋芸術大学美術学部版画コース、アートクリエイターコース学生のアート作品を展示する。当日配布する「見て歩きアートまっぷ」を見ながら、プロの芸術家を目指す学生の作品を楽しむことができる。

 初日には、持ち寄った空きペットボトル(1.5~2リットルサイズ)でオブジェを作るアートワークショップを行う。名古屋芸術大学学生と一緒にペットボトルに色を塗る作業や組み立てを行い、参加者全員で作品を作る。参加には申し込みが必要で9月ごろから始める。そのほか、音楽やパフォーマンスを行うライブステージも登場する。

 初日と最終日には、クリエーターがオリジナル作品を展示販売するアートフリーマーケットを開催。当日はアーケードに60ブースが出店を予定し、プロのクリエーターや趣味としてもの作りをしている人が絵画、写真、アパレル、雑貨、陶芸などオリジナル作品を出品する。現在、出店者を募集している。詳しくはホームページで確認できる。

愛知県 陶芸 教室 ニュース

愛知県陶磁美術館企画展 焼き物の歴史を展観 /愛知県
毎日新聞 様地方版抜粋
土と火の芸術。焼き物は鑑賞するものか、使うものか。写真の灰釉(かいゆう)陶器「灰釉多口瓶(たこうへい)」は、用の美について改めて考えさせられる。植物の灰を溶かした釉薬がかけられて暗緑色に輝く上部と、黒褐色に焼成変色した胴下部。滑らかな曲線は見ていて飽きない。
日本最大の古窯(こよう)跡群「猿投(さなげ)窯」(猿投山西南麓(せいなんろく)古窯跡群)から1955年に出土した。平安時代初期の8世紀末に制作された。多口瓶は寺院の遺跡から出土することが多く、古代日本では、仏前に水を供える容器や花瓶として用いられた。肩部にも四つの口が付けられ、造形の美しさを感じる一方で、どうやって使ったのかと想像するのも楽しい。愛知県陶磁資料館(愛知県瀬戸市)の建設に尽力した陶芸研究家、故本多(ほんだ)静雄氏が93年に寄贈し、国の重要文化財にも指定された所蔵品の筆頭格である。 国宝や重文を惜しげもなくそろえた特別企画展「日本・中国・韓国−−陶磁の名品、ここに集う」は、見逃さないほうがいい。縄文土器から天目茶碗(てんもくぢゃわん)まで60点の名品を通して、焼き物の歴史を展観できる。露出展示を多用し、一点一点に発光ダイオード(LED)照明を当て、焼き物の文様や地肌、質感が伝わってくる。実物による陶磁器辞典の観である。
国宝の「飛青磁花生(とびせいじはないけ)」(大阪市立東洋陶磁美術館蔵)は、中国・龍泉窯の14世紀の逸品だ。緑がかった青磁の上に鉄斑文(はんもん)が飛び飛びに配置されている。重文は、会期中に26点が入れ替え展示される。
陶磁資料館は今月1日、開館35周年を機に「愛知県陶磁美術館」(愛称・セラミアム)に変わった。「資料館」という名称は当時珍しく、美術館でも博物館でもない個性を売りにしてきたのだが、時の流れによってこぢんまりした印象を与えるようになってしまった。あえて「美術館」を掲げたのは、焼き物の美意識をより多くの人に伝えたいとの思いからだ。
猿投山のふもとに広がる敷地には、3200点余の所蔵品を「見る」施設だけでなく、「作る」陶芸館、「使う」茶室もある。焼き物の多様性を満喫できる総合文化施設だが、来館者数は年約10万人と伸び悩む。陶磁美術館の上田信子館長は「焼き物は一枚の絵画とは違います。何をしっかりと伝えていくべきか課題は多い」と話す。