沖縄 陶芸体験 漆喰シーサー作りしょっ
南部なちゅら店

宮城県 陶芸体験,学習,教室,漆喰シーサー作り,沖縄観光しょっ!

全国には数百箇所にも上る教室があります。教室のスタイルもいろいろ
ご自分にあった教室が見つかると思います。

全国の体験陶芸、教室一覧

宮城県 陶芸教室、体験

教室名   住所    電話番号

さくら工房 宮城県登米市中田町上沼字堀米13 0220-34-2226  
くんぷう陶芸教室 宮城県仙台市泉区松森字陣ケ原13-3 022-776-7877
ギャラリー&アンティークミニミー 宮城県仙台市青葉区一番町1丁目6-22-502 022-722-6380  
アトリエまんぷう 宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉字下ノ原8-3 0224-34-4117
赤とんぼ工房 宮城県仙台市青葉区国見ケ丘6丁目124-11 0220-22-7156  
青葉陶房仙台陶芸教室 宮城県仙台市太白区袋原6丁目5-12 022-741-4175
senbiくらぶ陶芸工房美庵 宮城県仙台市太白区長町2-2-36 022-722-3955
青葉画荘 青葉アートスクール 陶芸教室 宮城県仙台市若林区卸町2-8-3 022-231-4228
花釉陶芸クラブ 宮城県仙台市泉区桂1丁目16-7  ダイシン桂店内 090-7338-4261
八木山陶芸倶楽部 宮城県仙台市青葉区霊屋下19-10-101 022-264-5722
百窯の里七ッ森陶芸体験館 宮城県黒川郡大和町宮床字高山120 022-346-2377
ひまわり陶芸教室 宮城県仙台市太白区長町4丁目7-28-301 022-748-1660  
半睡窯 宮城県黒川郡大和町吉田字荻ケ倉西44-3 022-346-5828
陶房ゆとり炉 宮城県仙台市泉区長命ケ丘1丁目2-10 022-378-2929
陶工房遊炎窯 宮城県仙台市泉区北中山1丁目3-13 022-376-4086  
陶芸教室ちくわ工房 宮城県仙台市泉区市名坂字油田4-2 022-773-6961  
陶芸教室三栄窯 宮城県仙台市太白区長町南3丁目3-35 022-249-0121  
土工房岳 宮城県仙台市青葉区中山4丁目3-8 022-277-1205
台ヶ森焼 宮城県仙台市若林区連坊2丁目11-28 022-291-8435
相陶苑陶芸教室 宮城県仙台市青葉区木町通2丁目3-7 022-233-8910  
里見窯 宮城県仙台市青葉区梅田町1-57 022-274-5310

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●堤焼
堤焼(つつみやき)は宮城県仙台市にて焼かれる陶器。江戸時代中期に仙台藩主、伊達綱村が江戸から今戸焼の陶工を招き、日用品を焼かせたのが始まり。昭和初期には民芸運動の代表者、柳宗悦が「東北を代表する民窯」と誉め称えたが、今日では江戸末期から続く乾馬窯1つが堤焼の歴史を守り続けている。
堤焼の特徴は、野趣溢れる釉薬にあり、特に黒と白のなまこ釉を同時に掛け流す流し掛けなまこ釉は堤焼独自の特色である。二重に流し掛けることによって、上下の釉薬が化学反応を起こし、器の表面に濃淡の斑が発色し、味わいのある斑紋、流紋となる。

●切込焼
切込焼(きりごめやき)は宮城県加美郡加美町(旧宮崎町)にて焼かれていた焼き物で、陶器も磁器も焼いていた。詳しい草創は未だ不明で、伊達政宗、三代目宗公など諸説紛々である。だが江戸時代には伊達藩の御用窯として繁栄し、隆盛を極めたと伝えられる。尚、その頃は高級な染付磁器を焼く一方で、民衆向けの日用雑器も多く焼かれていた。
明治時代にはすっかり凋落し、いつしか窯は廃絶した。大正9年に地元の実業家、岩渕丈之助、沼田秀平らの手によって再興を試みるが、失敗。1990年に旧宮崎町が町興しの一環事業として、伝統的な切込焼の復興が行われるようになった。
特徴
切込焼の特色は、青を基調とした染付であり、技術は非常に高い。特に三彩に名器が多く、中には三種の青で濃淡を付けて彩色した三彩も見られる。また、胴がずんぐりとした辣韮徳利も切込焼を象徴する代物である。

●台ヶ森焼
台ヶ森焼(だいがもりやき)は、宮城県で造られる陶磁器。
概要
仙台藩主伊達家十代宗廣公なども利用した湯治場の一つ。台ヶ森周辺から取れる土を使い、そこで造られる。
台ヶ森の周辺の地質は、付近で第四紀に生じた火山活動の影響で凝灰岩などが分布し、銅や鉄を多く含む傾向にあること。また石炭化が進んでいない亜炭が豊富に存在する特徴がある。こうした地質条件が、陶器の材料となる粘土に大きな影響を与えていると考えられている。
台ヶ森遺跡などの近隣周辺遺跡から窯跡や縄文時代の土器が多数出土しており、奈良時代初期には、仙台の台ノ原・小田原丘陵から台ヶ森周辺にかけて、政庁府である多賀城に収める瓦や器を焼く国衛窯が点在していたことが文献に残っている。
台ヶ森から南東側に位置する宮床地区に江戸時代(天保年間)に焼かれた皿が伝世し、窯跡も発見されている。
江戸時代までは、火山灰質の土も利用し、陶器が作られていたことがいまに伝えられている。
1976年初代窯元 安部勝斎は、この地に昇炎式・横炎式・倒炎式の窯を築台ヶ森焼周辺で産出される土を使い、現在の台ヶ森焼が誕生している。
産出される土には、亜炭、鉄、銅など様々な鉱物が含まれ、それにより複雑な色合いが生まれるとされている。